Saturday, July 21, 2012

ドラえもんの映画を見返すと・・・

「あなたが小学生の頃、よく見ていた映画はなんですか?」と問われたら、あなたはなんと答えるだろうか?
私は、すかさずこう答える。「ドラえもん」。

私がドラえもんを好きになったのは、小学3年生の頃。きっかけは全く覚えていないが、毎週金曜日の19時から30分間、テレビに釘付けになったのを覚えている。小学5年生の頃だったか、『ドラえもんのび太と創世日記』という映画が公開され、映画館で4回くらい見た記憶がある。それくらい好きだったのだなぁと思わずにはいられない。


結局、『ドラえもんのび太とロボット王国』まで映画館で鑑賞したと思う。それ以降は、声優が変わってしまったことと年を取ったことを理由に、ドラえもん作品の鑑賞は止まってしまっている・・・。

さて、今回はこんな昔話をしたい訳ではなく、この年になってのドラえもんを捉えてみたい。

ドラえもんの映画は小学生などの子どもが観る映画。そんな風に思っている方は多いのではないだろうか。大人になってみるなんて馬鹿らしい。そう普通は感じるはずだ。しかし、ところがどっこいそんなこともないのが現実だ。私は、20代に入ってからいくつかの作品を実家に帰った時に鑑賞した。家の埃かぶったVHS保存ケースからドラえもんの映画を取り出し鑑賞するのだ。

私が大好きなのが『ドラえもんのび太とブリキの迷宮』という作品。社会運営を全てロボットに任せっきりにしてしまったが故に、すっかり荒廃してしまったチャモチャ星をドラえもんとのび太達が助けるというストーリーだ。

子どもが見れば、荒廃してしまった星を支配しているロボット達(悪)をドラえもん達(正義)がやっつけるということで楽しめるだろう。しかし、この作品、大人にも考えさせられる要素も含まれている。

チャモチャ星の人間は、これまで人間がしていたことをロボットに任せ、自分達は優雅に時間を過ごそうとして、高性能のロボットを創り出した。ロボット達は、やられたことをするだけでなく、自分達で考え、行動出来るようになっており、社会はロボット中心になっていく。一方の人間は、ロボットに社会システムの殆どを任せたので、一日中何もしなくて良くなった。結果として、彼らの体は弱り、ロボット達が人間たちの為に開発したカプセルロボットに入らないと動けなくなってしまうところにまでなる。

この映画に出てくる舞台をざっくり話すとこんな感じだが、ここにどんなメッセージが込められているのか。私が思うに、「ロボットといった科学にあまりに依存し過ぎると、人間はいずれ廃れていく」といったメッセージが込められているような気がしてならない。

「科学に対する過信が生んだ悲劇を、より良い科学によって解決するというのはドラえもんではよく見られるパターンだ。藤子F不二雄は、科学が作り出す優しい未来を信じていたのだ。」(『絶望の国の幸福な若者たち』古市憲寿(講談社))

上記のような社会学者古市氏の指摘もあるように、科学に対する注意を映画を通して喚起していたことは、ドラえもんの映画内ではよくあることなのだ。

このように一度子供の時に見た映画を再度見てみると、面白い発見がある。ドラえもんの他にもクレヨンしんちゃんなんかも見ており、今思うとあのシリーズも奥が実は深いのでは?と感じてならない。

最近有名なのは、アンパンマンのマーチだろう。

「なんのためにうまれてなにをしていきるのか・・・(1番)」
「なにがきみのしあわせ なにをしてよろこぶ・・・(2番)」
(下記の動画参照)

小さい子供の為に作られたアニメや映画だからこそ、実は考えることがたくさんある。そんな発見を最近して、時間の許す限り、ぜひ見返してみたいと思った。

みなさんのお気に入りの子供の時に見た映画はなんですか?



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