Wednesday, September 17, 2014

禅修業で学んだこと


坐禅という手段を用いて、自分と向き合う


9月14日〜17日まで、3泊4日という短い時間であったものの、京都の亀岡市にある宝泉寺禅センターへ行って来た。

禅をしてみたいと思ったのは、8月のこと。雑然とした俗世間を離れて、自分と向き合う時間を持ちたいと思ったのがきっかけだった。

日程の関係上9月にずれ込んだものの、やはり禅への気持ちに変わりはなかった。

自分と向き合い、そこから自分の人生の方向性を再定義する

それこそが今回の目的であった。

京都から約20分のところにある馬堀駅から歩いて15分。保津峡の川と山を横目にして、トンネルを抜けると亀岡市の田園風景が広がる。

電車から眺める保津峡


保津峡を囲む山々を見て「こんな山奥で修業するのか!」と不安の念を抱かされながら進む電車の先に見えた亀岡の田園風景は、安堵の念を感じさせた。

常に東京とシンガポールで働く私にとっては、田園風景を見るだけでも心が休まる。人工物で囲まれた都会の空間は、心に安らぎを与えてくれず常に緊張感をもたらすからだ。


亀岡市の風景は心を和ませてくれる

禅センターに着き、同日に入山するメンバーと対面する。そもそも休みの日に、わざわざ京都の田舎まで禅の修業に行こうと思う人は、相当変な人だろうなと感じていた私にとって、同日に入山したメンバーも、そこで出会った人たちも、予想とは裏腹に至って普通の人だった。

とはいえ、一人ひとりの事情は違っていて、下界で何か悪いことをやらかした人や精神的に追い詰められた人、様々な人がいたことは間違いない。しかしながら、下界ではビジネスとして人を見てしまう人たちもここでは平等な立場。

「お互い利害関係がないからな。なんでも打ち明けて話せるよ」
とある修業者が言っていたが、まさにその通りだった。

なんの損得を考えることなく、心の内を打ち明けられる。そんな空間がそこにはあった。普段は緊張と疲労で溢れている顔や体は、一気にここでほぐされることになる。

昼食後に自由時間はあるものの、朝から晩まで修業に励む。規則正しい生活。規律のある食事作法。そんな生活は修学旅行以来だ。

ちなみに1日のスケジュールはこんな感じ。
05時20分 起床
05時40分 太極拳
06時00分  坐禅
07時00分 お経
07時25分 掃除
08時00分 朝食
09時00分 作務
12時00分 昼食
12時30分 自由時間
18時00分 夕食
19時00分 坐禅
21時00分 お風呂
22時00分 就寝
社会人になると自分で全てを組み立てることになる。起床時間から朝食、通勤するために家を出る時間…それはそれで大切だ。自分の頭を使うことになるのだから。

規則が決まっていればただ従うだけでいい。頭を使わなくて済む。もっと言えば、他のことに頭を使うことを集中できるということだ。

おかげ様で修行期間随分と考え事をした。

坐禅の時間、無心にならなければいけないにも関わらず、色々なことが頭を巡った。但し、時々グチャグチャする頭を「スッと」、ちょうどホワイトボードに書かれた文字を消すように白紙にしてくれるのが、「無心になる」 ということだった。

しかしそれでいいのだということも悟った。坐禅の時間は、常に無心になる必要はない。


さて、3泊4日の修行を終えてわかったことがある。それは、禅修業は自分と向き合う手段の一つであるということだ。修業に行く前、私は浅はかながらも、禅をすれば何かが降ってくると信じきっていた。禅がなにかを俺にくれると。

しかしそんなことは全くない。結局、考えて結論を出すのも自分だし、行動するのも自分だ。坐禅を組んで無心になれば、何が降ってくることもない。それらはあくまで手段の一つなのだ。

今回の旅で私は大切なことを学んだし、自分と向き合うこともできた。

これはなぜかと言われれば、もちろん坐禅を組んで無心になったからというのもあるだろう。

しかしそれだけではないことは、強調しておきたい。禅修行のなかでの、修行者同士の会話、読書、法話、掃除、食事、睡眠。同日に入山したメンバーと行ったプチ旅行。

それらひとつひとつが、相重なって今回の答えに辿り着いたのだと心から言える。

坐禅は手段の一つでしかない。禅修業は手段の一つでしかない。これからの人生、きっとまた何かに悩むことがあるだろう。しかしその時は、様々な手段を試せばいい。坐禅も読書も旅も、何もかも。

そしてまた答えを見つけて、前に進んでいく。きっと人生は、そういう繰り返しなのだろう。

今回、施設でお世話になった方々には本当にお礼を言いたい。これからまたどこかで会えることを楽しみにしたい。

みなさんも一度試してみてはどうだろうか。きっと自分を見つめ直すいいきっかけになると思う。


プチ旅行ありがとうございました!!

Saturday, June 7, 2014

20代で海外へ旅立つ

20代で海外へ旅立つ

 



先日、日本に帰国し、日本での時間を楽しんだ。
今回の滞在はこれまでと異なり長い滞在となったので、仕事もしかりであるが、プライベートでもゆっくりと過ごすことができた。

日本にいない期間が1ヶ月であっても、
帰国時のお寿司やラーメンは格別だし、日本人に囲まれている空間は安心だ(笑)。


今回の帰国で大きく異なったのは期間だけではない。初めて母校(立教大学)にて講演するという機会をもらったのである。

テーマは、『留学と就職』。
留学に興味のある学生が集まり、留学について説明を受ける場に、
今回経験者の一人として呼んでもらった。


40分という限りある時間の中で
どのように、何を伝えるかは、非常に考えに考えた(笑)。

依頼をもらってから当日まで約2ヶ月位はあったと思うけれど、
その間考えては悩みを繰り返していた。


テーマを4つに分けて話したので、
色々と話したことはあったけれど、一番言いたかったのは1つだけだった。

『人生の過ごし方に正解/不正解はないけれど、私は20代のうちから海外で仕事をすることをオススメする』

ということだ。

20代は何も失うものがない。確かに結婚していたり、子供がいれば別の話だが、そうでない限り何も考えずにチャレンジをすることが可能である。

30代を超えだすとどうしても年齢のことが気になる。地位やプライドがまとわりつき、あまりチャレンジをすることがし難くなる。
※「し難くなる」と言っているのであって、「できない」とは言っていない

失敗が許されるということはありえないが、それでも20代という若いうちの失敗は、自分の糧に必ずなる。早いうちから「海外で」失敗することは、歳を重ねた時に「海外で」成功することを達成しやすくさせるだろう。


「今は修行の身だから…」
 という理由で日本に身をおくのは勿体ない。

人生はあっという間だ。あっという間に40歳になり、50歳になり、70歳になり、90歳になり…死んでいく。

早くから海外を経験し、日本を相対的に見て、何をするべきかを考える。


私が思うに、これから日本で必要とされる人材は、世界で戦い、日本を相対的に見て何をするべきかを考えられる人なのではないかと思う。

決して、日本で育って、日本の有名大学に入り、有名企業に入社した人ではない。世界との関わりが今後もっと必須になる中で(これをグローバル化というのかな?)、政治家にしても企業の社長にしても、公務員にしても、必要なのはそういう人材であると思う。


今回の講演は100人くらい出席者がいたが、話を聞いて海外へ!と動き出すのは(留学でも海外インターンでもなんでもいい)、『2割の2割の2割理論』から、きっと5人とかそれくらいだろう。それでも先日、一歩踏み出した学生がいたと聞けたのは嬉しかった。


今は学生と社会人という立場だが、数年後、いずれの時か、その学生が社会に出た時に、出会えることを楽しみにしていたい。人前で話すことの醍醐味は、そういうものだと思う。

私自身、尊敬する人の講演を聞きに行ったりするが、そこで媚びを売るのではなく、その人を対等に渡り合える人物になって、出なおしてやる!と常に考えるものだ。


今回の講演のおかげで、また1つ自分自身が成長しなければいけない理由ができた。今後もそういう理由づくりを重ねていきたいものである。


Sunday, April 6, 2014

30歳という山の向こう側で

昨年、25歳を迎え30歳という山を見ながら生きるようになりました。

「人生はあっという間」
「人生は一度きりしか無い」


そんな言葉がハラオチして、
新たな人生を踏みだそうと考えたのは、昨年末のことでした。


2014年が始めってから4ヶ月が経ち、
1年の3分の1が過ぎたかと思うと、
時間が経つスピードの早さを実感せずにいられません。

シンガポールでの仕事がメインとなってから2ヶ月目に突入しました。
最初は持っていた旅行感覚での仕事気分は、今回の出張でスパッと消え去り、
この地に数年は腰を据えて仕事をするのだろうな…という実感も持ってきました。

海外で働くということは、
自分がかねてから望んでいたことであるので、
そういう機会をくれて会社には感謝をしていますし、
何より成果という誰にでも分かる形で、恩返しをしなければ!と
心から思っています。

とはいえ、
どの国であっても自分は数年で飽きるんだろな…
ということも感じていて、いずれの時かシンガポールという国をあとにして
異国の土地へまた働く場所を移すのだろうと感じてなりません。

それが自分らしい働き方であり、
それが自分の人生として正しいのだと考えるからです。


そんなことを考えると、
私は30歳という山の向こうでは何をしているのだろうと想像します。

「まずは30歳まででしょ!」

と数ヶ月前は言っていたのにも関わらず、
シンガポールに来てからというもの、
30歳近くのビジネスマンとお会いすることが多くあるので、
私の30歳という山の向こう側はどうなっているのだろう?と
考えずにはいられないのです。

(3月27日放送カンブリア宮殿より)


先日、カンブリア宮殿で『地方都市の再生』というテーマで、
高松丸亀町商店街のことを取り上げていました。

カンブリア宮殿とガイアの夜明けは、
基本的に毎週チェックしており、時に出演者の活動に共感し、
涙を流すこともあります笑。

今回についても、お涙を流してしまったわけであります。

少し話が変わりますが、
『涙を流す』
という行為は、とても神聖で大事なものだと考えています。

人はactor/actressで無い限り、
嘘の涙をなかなか流すことはないわけで、
そういう意味で涙は心の琴線に触れた証拠なのです。

したがって、
涙が流れた事象は、自分にとって本質的な何かであり、注目すべきことなのです。


話を戻して、
私はこれまでも『地方都市の再生』というテーマで扱われてきたものには、
涙とまではいかなくても目を熱くさせてくれるものがありました。

『これまでの負け組が、勝ち組に這い上がる』

というストーリーを自分でも創造したいと思う私にとって、
当該テーマはまさにやりたいことの一つなのでしょう。

30歳という山の向こう側は、
決して他人が決めるものではなく、私自身が設計するものです。

今回のことを受けて、
今まで『海外』『ビジネス』という選択肢に、
『国内で(もっと言えば地元の群馬県で)』『政治という立場から』
何かをするという選択肢が加わった気がしました。

30歳という山まではまだ5年ありますが、

「人生はあっという間」
「人生は一度きりしか無い」


というキーワードを胸に、
これからも人生設計を考えていきたいと思いました。


では!

Thursday, April 3, 2014

社会人2年目突入!!

社会人2年目突入


お久しぶりです。ゆーすけです。


4月1日

先日から公式に就職活動がスタート(面接が解禁)したと同時に、
新社会人1年目の生活がスタートしました。

これから会社の門を叩くものと、会社の門を初めてくぐるもの
両方が同じ日にスタートを切るというのは、なんとも面白いものです。

社会人になって、 4月1日が1月1日よりもスタートする時期にとっては、
相応しい日なのだということを、今日初めて気が付きました。

実際新たなスタートという意味では、私の周りにおいて、
Facebookで退職報告をする人が思った以上にいたことに驚いています。
とはいえ、新たな人生を歩もう!と決断をしたその姿は、
なんとも清々しく、かっこ良く思えました。

ふと自分のことを振り返ると、自分自身も社会人2年目に突入したことに気づきました。
普段からスーツを着ていない私は、会社員なのですが、
なんだか会社員でない気がしてなりません笑。
それに加えて、すでに2社目である自分が、
社会人2年目と言っていいのかどうか分からないからなのでしょう。
(ニートを1ヶ月やった時もありましたしね…笑)

また、仕事もいい意味で趣味の領域に来ていて、
嫌なことも(苦手なこと)をしなければいけない時もあるけれど、
それ以上にやりがいをもってやらせてもらっている、
「今」が楽しくて仕方がありません。

改めて、自分がこうやってワクワクしながら働けているのは、
間違いなく、悩みながらも自分のやりたいことに素直になり、
それに対して素早く飛びつけたからなのだと思います。

最近、私自身が転職の経験をしていることもあり、
転職や就職の相談を受けるようになりました。

どうせいつか死ぬし、人生はあっと言う間なのだから
やりたいことに素直に、そしてすぐに飛びついた方がいい

(ただし、どんな結果になろうと人の責任に絶対にしないこと)

ということを常に言っています。
仕事の充実とプライベートの充実は、いずれにしても、
人生を充実させる手段でしかありません。

<仕事>
  • 年収がいい会社に入ること
  • 世界的に名の知られている会社に入ること
  • 海外で働くこと
  • 小さい会社を大きな会社へと成長させること


<プライベート>
  • 株で大儲けすること
  • 美人さん/イケメンと結婚すること
  • 海外で生活すること


なんでもいいですが、
「充実」とはあくまで主観的であって、客観的な基準ではありません。
自分がいいと思ったならば、それでいいし、他人が文句言う筋合いはないのです。

社会人2年目。
  • 責任ある仕事
  • 海外を拠点とした仕事
  • シェアハウス事業のお手伝い
  • 留学・就職・転職活動のお手伝い
  • 繋がる場としてのパーティー開催
  • 恋愛

もちろん全てが常に充実しているとは言えません。
しかしながら、私はこれからも自分の気持ちに素直になって、
常に笑っていられることをし続けていたいと思います。

それが社会人2年目の一つの目標でもあり、人生の一つの目標なのだと思います。

Tuesday, December 17, 2013

どうやって働く企業を選ぶべきかということ

選択に正しい・間違いはない

南場智子さんという方をご存知でしょうか?
DeNAを作られた張本人です。数ヶ月前、南場さんが本を出版されました。
『不恰好経営』という本です。


私はその本を2日で読み切りました。
その中にとても印象的な文章があったので引用したいと思います。
DeNAを退職して、文筆業になることを決めた方が書いた、退職日の挨拶メールです。


先日、大学時代の知人たちに「退職して文筆業に専念する」と伝えると、皆から「お前大丈夫か?」「将来ちゃんと考えているか?」と言われましたが、笑って聞き流しました。 7年前DeNAに就職することが決まったことを告げた時も、彼らは同じように言っていました。「お前大丈夫か?」「将来をちゃんと考えているか?」と。

「選択」に正しいも誤りもなく、選択を正しかったものにする行動があるかどうかだけなのだと信じています。 

「選択肢に正しい、間違いというのはなく、選択したあとに自分がどれだけ頑張ったかでそれが正当化されるかがきまる。

すてきな言葉だと思いました。

どっちの企業/どの企業に勤めることが正しいのだろう、という風に悩んでいた自分がバカバカしくなりました。そんなことよりも、自分が選択した事が正しくなるように頑張る事が大切なのだと、心の底から感じました。

大企業かベンチャーか

大企業でもベンチャーでもどちらでも働かせてもらった私でさえも、どっちが正解などわかりません。ここ(※)にも書いてありますが、そもそもベンチャーと大企業は全く違うものであり、必要とされることも学べる事も全く違います。したがって、結局は自分次第。どっちの方が自分らしく、楽しく働けるかを考える事が大切なのだと思います。

そしてなにより大切なのは、決めたら本気で取り組む事。前述通り、選択肢に正しい・間違っているはなく、結局は自分がそれを正しいとできるかが大切なのですから。

(※)ベンチャーか大企業か

私が大切にしたいと思う軸

1回で既にお伝えしましたが、私が大切にしたいのは、


という点と「楽しいかどうか」という点だと思います。

それって論理的じゃないけど大丈夫?となりそうですが、私はいいと思っています。もちろん、既に出口が決まっているならば、それに向かって一番の近道を辿るべきでしょう。しかしそうでないならば、自分が心から楽しいと思える場を選べばいいのだと思います。

スティーブジョブズも語っていますが、自分のintuitionにしたがって生きていると、後ろを振り返ったときに、点が繋がっていたという話があります。3年後すらどうなっているか分からない時代に、「死ぬときにどのような状態にありたいか?」から考える事は、なかなかできる事ではありません。もし、そうであるならば、直感にしたがって生きる方が、結局は幸せになるのではないでしょうか。



私自身、大学時代からこれまでを振り返ったときに、驚くように点と点とが繋がっていました。大学2年生の時、なんにもなかった私に挑戦する機会をくれたコンサルティング会社の皆さんには本当に感謝しています。そこがなかったら今の自分はいないと、断言できるからです。

半年で退社した会社について、ムダだったか?と聞かれれば、「NO」と言うでしょう。あの会社で働けたから今の自分がいるし、こういうことを感じられる自分がいるのです。

もし、今の自分のやっていることに疑問があるならば、一度外を向いてみてはどうでしょうか?転職活動経験者として、何かお手伝いできる事があれば、いつでもご相談いただけばと思います。




Thursday, December 12, 2013

転職活動をして気づいたこと

転職活動という行為

日本ではどうも転職活動をすることに、ちょっとしたハードルがあるようです。また、転職活動をしたことがマイナスに映るのではないかと感じている方もいます。

私自身が転職活動を始めたのは、入社してから4ヶ月目のこと。とりあえずは、外の世界を(違う仕事を)見てみようと思ったのがきっかけでした。それで外の世界に憧れたらそっちに行けばいいし、もし今いる世界が好きだと感じられれば、そのままいればいいと思ったのです。

私の実質的な転職活動期間は、2ヶ月。その間に転職イベントと転職エージェント、企業への直接アプローチを行いました。

結局は自分で動かないと×

これはあくまで入社したての私が転職活動をした経験談ですが、結局自分で情報を取りにいき、自分から企業に売り込んでいかないとダメだな、と感じました。つまり、転職エージェントに任していては×ということです。
(たぶん、年収1,000万クラスの人は、勝手にヘッドハンターがいい案件をもってきてくれるでしょうが…)

一番驚いた(というかショック?)のは、転職エージェントでした。私はてっきり、自分の夢やこれまでの経歴を聞いた上で、どこの業態、企業であればやりがいを持ってイキイキと働けるのかを、付きっきりで相談に乗ってもらえるのかな?と思っていました。しかし実際はそうではなく、最初の小一時間で自分のことを話して、あとは企業を紹介してくれるだけ…。

「その人が、どうすれば幸せに働けるのか」

それを本気で考えて仕事をしているエージェントに出会う事はありませんでした。もちろん、そんな一人一人と向き合っていたら人件費がかかって儲けが出ない!と言うのでしょうが、それって寂しいなと感じてしまいます。

結局は、就活と一緒で、自分のやりたいことを考えて、自分の強みがどう活かされるのかを繋げる。この作業をとにかく繰り返すだけなのです。

働けなる前に転職を

前職に限らず、仕事が大変で病気になりそう/なったという方に最近お会いすることが多くなりました。そんなときに必ずお伝えするし、納得してくれるのが、「一度外の世界を見てみたら?」ということです。

前述通り、私も転職活動の最初の一歩は、「一度外の世界を見てみるか!」でした。そして、結果として私は外の世界に居場所を求めたのです。

一番もったいないのは、病気になって働けなることです。働くという行為は、良きも悪きも人間の人生の大半を占めます。民主主義の国家に住んでいる以上、「労働」という行為を通してしか、お金を得ることはありません。(生活保護とかもありますが…)

病気になって仕事ができないということは、「お金を得て生きていく」という手段をなくしてしまうということになるのです。

「人生を豊かにするために仕事がある」

仕事は、人生を豊かにするツールでしかありません。が、大切なツールです。であれば、その仕事は、辛く、病気になるものではなく、楽しく、面白いものにしたいと思いませんか?

「楽しく、面白い=簡単な仕事、楽な仕事」という意味では決してありません。それは人それぞれでいいと思います。

ただ、仕事が原因で病気になり、働けなくなりそうならば、転職を考えてもいいのだと私は思います。

誰に相談するべきか

私はあまり転職活動を他人に相談しなかったですが、本来はすべきだと思いました。これまでずっと一緒にいた友人やお世話になっている社会人の先輩など色々な人の意見を聞いて判断する方がベストな決断が下せるでしょう。もちろん、最後に決断するのは自分ですが…。

私も転職活動が終わってから、たくさんの人に相談しました。終わってからというタイミングが正しいとは思いませんが、時間があるなら相談して、自分でしっかり納得してから新しいところでスタートしたいという思いがあったからです。

ただし、あまりオススメしないのは、自分が勤めている人事や会社が抱えるサポートセンターなどです。理由は簡単で、彼らの仕事の任務は、いかに人を辞めさせないかだからです。

特にサポートセンターなんて、辞める人が多ければ契約を打ち切られることだってある訳ですから、なんとしても離職率を抑えようと努力するはずです。
もちろん、中立な立場からアドバイスしてくれる方もいることも事実なので、そこはケースバイケースですが…。

とにかく、自分だけで考えすぎない事です。
いろんな人の意見を聞いて、自分の強み、自分の素晴らしい点に気づくべきです。
(※)
「自分が思っているより美しい(You are more beautiful than you think)」という動画がありますが、まさにその通りだと思います。他人に聞いてこそ、自分の強さ、素晴らしさに気づく事が必ずあります。)



海外に居場所を求める

私はそこまで海外を回ったといえるとは思っていませんが、それでもアメリカ、スペイン、タイ、ベトナム、カンボジア、シンガポール、オーストラリアと見てきました。特に途上国で感じた事は、日本人が活躍できるフィールドはまだまだあるということです。

大学生の時など若いときに海外に行く事をよくオススメされますが、私もそれには大賛成です。

なぜなら、海外に行くと世界が広がるからです。大学、東京、日本という枠から飛び出し、世界に飛び出す。そこにはまだ見た事がなく、経験した事がない世界が広がっています。

企業に入ると、どうしてもその企業の範囲でしか物事を考えられなくなります。自分の勤務地が地方であればあるほど、平日・休日問わず過ごす人が同じ職場であればあるほど、残念ながらその枠を超えて物事を考えられなくなってしまうのです。私自身も、元々はそうでした。

しかし、ふと考えてみれば、我々日本人が活躍できる場は、日本ですら広がっている。ましてや世界には、もっと可能性が広がっています。もちろん、賃金や生活水準は日本と同様で、というのは難しいかもしれませんが、それでもやりがいがある仕事が外にあるなら求めるべきだと思います。少なくとも、枠から外に出られず病気になり、働けなくなるのだけはもったいなさすぎます

転職活動は楽ではありませんし、本当に悩みます(笑)。今の仕事の方がいいのか、転職した方がいいのか…。どっちが正しいのか悩む事もあるでしょう。

ただ、「どっちが正しいのか」と悩む事が、いかに無駄であるか最近感じました。
それを次回でお伝えしたいと思います。

次回に続く…






Tuesday, December 10, 2013

私が前職を辞めた理由

久しぶりのブログ更新です。 

身の回りがバタバタしており、ずっとブログを書く時間を取れませんでした…。 一段落して、ある程度まとまって書きたいことができたので、 今回から数回に渡ってここ数ヶ月であったこと、感じたことをありのままに伝えたいと思います。 

最近、
「転職したの?」とか
「何してるの?」と嬉しいことに気にかけてくださる方が多いので、
しっかりと自分の現状を報告します。

また、入社間もなく自分の仕事に疑問を感じている人にも、何か為になる情報をお伝えできると思います。

なので、この数回のブログの対象者は、

  • 「おい齊藤、なにやってるんだよ!?」と感じている方 
  • 入社間もなく、仕事に疑問を感じている方
ということになるかと思います。

流れとしてはこんな感じの内容で書きたいと考えています。

  1.  私が前職を辞めた理由 
  2. 転職活動をして気づいたこと
  3. どうやって働く企業を選ぶべきかということ
 (※)執筆中にタイトルが変更になることがありますが、ご容赦ください。 

注意していただきたいのは、 これから数回に渡って書くことは、あくまで私見だということです。 「自分の体験談に基づいて書いており、絶対的な事象ではない」ということは、大前提とさせて下さい。

私が前職でやりたかった事

私の前職は、日本ではかなり有名なアパレルの会社でした。この会社とは、学生時代の時から知っていて、CSRに力を入れている面白い企業だな〜と感じていました。

就職活動時代、他の企業の面接練習になると思って選考過程に乗っかった会社に、まさか本当に入るとは思いもしなかったです。

当時の私は、

  • グローバルで働きたい
  • 途上国で仕事をしたい

という願望を強く持っていたので、そういう軸で就活をすることにしました。

グローバルで展開している、もしくはしようとしているいくつかの会社から内定をもらいましたが、その中でも、
「この会社の下で、途上国(特にカンボジア)で店舗を立ち上げたい!」
という目標が明確になった、この会社に入社することを決めました。

カンボジアで店舗を立ち上げて、ビジネスを展開することに成功したならば、

  • カンボジアの人の成長に貢献することができる
  • カンボジア政府としても優秀な人材が育ってくれることになる
  • 会社としても利益を生むことができる

と考えたのです。


海外の店舗で感じたこと

私は、就活が終わってからの半年間、カンボジアでインターンをさせてもらっていました。
NPO法人かものはしプロジェクトという主にカンボジアにおける子どもが売られる問題を解決するために活動している団体でお世話になったのです。

カンボジアでのインターンを終えて、日本に帰国する際、
私はタイ、シンガポールに立ち寄って帰国することにしました。理由は、海外にある就職先の店舗に行ってみたかったからです。いずれ自分がやってみたいことを既にやっている、会社の先輩方に会って刺激を受けたかったからです。

タイでもシンガポールでも、どちらもアポイント無しでお願いしたにも関わらず、快く話しを聞いてくれました。ある人は食事に連れて行ってくれ、ある人は忙しい中、仕事をしながらも話しを聞いてくれました。

海外の店舗は、殆どマニュアル化されておらず自分たちでゼロベースで考えることをしていました。CSRやセールの決定は日本のように本部が行うのではなく、自分たちで行うという点に、「面白い!」と感じました。

今でもfacebookを通じて、現地からの投稿を見ますが、スタッフと仲良く遊んだり、コミュニケーションを取っている姿が素敵だなぁと感じています。

そんな海外での仕事の仕方を目に焼き付けて、私は帰国をしました。

日本の店舗で感じたこと

日本では奈良の店舗に配属になりました。関西弁を喋りたかった私にとっては、とても嬉しい知らせでした。

日本の店舗で働いてみて、最初は楽しいと感じました。分からないことだらけの環境なので覚えることがいっぱい。手探りの中、他のスタッフの方に支えられながらなんとか仕事をしていたのです。

しかし、2ヶ月くらいが経った時、ふと
「何かちがうぞ」
と感じる瞬間がありました。その感覚は、日が経つに連れて大きくなりました。

その時は、すぐにそれが何なのか分かりませんでした。しかし、落ち着いて考えられるようになった時、それがはっきりしたのです。理由は、3つありました。

  1. マニュアルへの嫌悪感
  2. 刺激が足りない職場
  3. 疲れきった現場
(※)繰り返しますが、あくまで私が体験したことだということが大前提です。全ての場所で、こういう状況かどうかは私の知りえないことです。

マニュアルへの嫌悪感

企業が大きくなればなるほど、基本的にはマニュアル化を実施します。それは、利益率を上げるためには当然のことで、不思議なことではありません。ムダを徹底的に省き、右といえば右を向いてもらうためには、マニュアル化が必須なのです。

私はあまりマニュアルが好きではありません。なんだか、自分らしさを否定されるような気がするからです。

そこでは、挨拶の仕方、礼の角度、電話対応、商品の配置…殆ど全てにおいてマニュアル化がなされていました。

私がもうダメだ…と思ってしまったのは、
「ある商品Aの売上を上げるにはどうすればよいか」
を考える時でした。

コンサルのケースで出題されそうな、この課題。取り組み甲斐があると思っていました。しかし、実際に蓋を開けてみるとそうではなかったのです。

商品の配置は基本的に決まっていて、在庫数もある程度割り当てられている。POPは本部からの規定のものがあり、その設置方法も決まっている。ディスプレイもありますが、それも本部で規定されている…。つまり、自分たちができることは、せめて店頭での声出しくらいだったのです。

これって、誰がやっても同じだな…

それが私が感じてしまった点だったのです。

刺激が足りない職場

東京やカンボジアにいる時は、常に刺激的でした。
自己啓発のセミナーに出席したり、夢を本気で追いかける人や様々な業種の人に毎週会ったりしていました。しかしながら、職場ではそうはいきませんでした。他の業種の人と会うことはなく、夢を本気で追いかけている人も殆ど居ませんでした。

自分の夢を語ると、すごいね!と言ってくれて嬉しいかったですが、自分よりさらに上を行く存在を近くに置かないと心配になる私にとって、それは恐怖でしか無かったのです。

このままだと自分の炎が消えてしまう…。このことは私を焦らせました。

疲れきった現場

辞める一番の理由になったのは、コレでした。

私にとって一番の衝撃な出来事は、上司が欝になって休職したことでした。その時は、欝がこんなに近い存在なんだと思い知らされましたし、怖くなりました。

その後も欝ではないものの、体調不良を訴えるスタッフが数人出てきました。

その時、ふと感じてしまったのです。この日本のシステムはいずれ海を渡って海外いくだろう。そうすると、自分が幸せにしたいはずの人たちが不幸になってしまうと。

確かにこのシステムが必ずしも海を渡るという確証はありません。しかし、いずれマニュアル化していくであろう海外も、そう遠くはない未来、日本同様になる可能性があると感じたのです。

じゃあ本部に行けばいいと思いました。しかし、残念ながら日本全国に広まったシステムを簡単に変えることはできないと思いました。きっと少なくとも3年〜5年はかかるだろうと。

しかし、残念ながら私はそこまでやる気はないと判断しました。それならば自分で彼らを幸せにできる方法を考えてやる!と思い立ったのです。


マイナス面ばかり挙げてしまいましたし、これだとただの嫌な会社に見えてしまいますが、そんなことはありません。実際働いている方の中でも、一緒に働きたい!と心の底から感じたタイとシンガポールで出会った方々がいたのは事実ですし、多くのことを学んだのですから。

そんなこんなで、転職をすることを決めた私は、仕事をしながらも転職活動を行いました。今考えると、奈良から東京を何往復もしたことは、よくやったなぁと我ながら感じますが、それほど当時は必至だったのだと思います。

次回は、転職活動中に感じたことをお伝えしたいと思います。

P.S.
そういえば、今回のブログを書いていて、『面白法人カヤック』が、

「何をするかより誰とするか」

と言っていたのを思い出しました。

同じ会社にも関わらず、海外でお会いした人たちとは、心から一緒に働きたい!と感じた。それは、私が会社の事業とかではなく、「誰とするか」の部分で、この方達と働きたいと感じたからなのだと思います。

就活の時はそれほど大切だと感じていなかった「誰とするか」。今になって、その大切さと本当の意味が分かった気がします。